武士の妻が主人公の新しい時代劇。キャストが明かす、リアリティを追求した撮影秘話

『ウスケボーイズ』や『コウイン 〜光陰〜』など、多数の国際映画祭で評価を受ける柿崎ゆうじ監督による新作『陽が落ちる』。本作は、切腹を命じられた夫とその妻の一夜を丁寧に描いている。武士・久蔵(出合正幸)を妻として献身的に支える良乃(竹島由夏)が主人公の物語だ。カナダ日系文化会館(JCCC)で行われたトロント日本映画祭にて、2025年7月17日、本作が上映。キャストの竹島由夏さん、出合正幸さん、笹田優花さんがトロントを訪れた。作品に込めた思いや撮影中の秘話を聞いた。

――本作は、ロンドン国際映画祭2025、エディンバラ国際映画祭2025で最優秀監督賞をはじめとした数々の賞を受賞され、ヘルシンキシネアジア映画祭にも正式出品されました。国際的な評価を受けてどのように感じられていますか。

 

竹島:配信サービスが発達した今、時代劇は世界中から注目されているジャンルの一つだと思いますが、この作品は時代劇の中でも特殊な作品です。例えば、時代劇では定番の殺陣がありません。武士の妻が主人公というところも新しい切り口です。

私たちがイメージする「時代劇」とはある意味、時代劇文化として発達していった特殊なものですが、この作品は当時の人間の考え方や行動のリアリティを追求しています。

笹田優花さん

これまでにない斬新な視点の映画なので、どう受け止められるのか不安もありましたが、ドキュメンタリータッチで描いた点を評価していただいたのかなと思います。海外の方にも、 私たちの作ってきた思いが届いたのだと、純粋に嬉しく思っています。

 

出合:私は以前アメリカの田舎町に留学していたのですが、現地の方から刀の話をされたことがあります。時代劇は世界の皆さんもよく知っていらっしゃいますね。一方で、武士の妻が主役というのは、私も見たことがない珍しい作品です。

それに加え、日本は島国なので、発展してきた歴史や伝統文化は若干特殊だと思っているのですが、他国のカルチャーを持つ方たちからも評価を頂けて、 やっぱり映画っていいなと純粋に思える作品になりました。

出合正幸さん

笹田:伝統ある時代劇が海外でも評価されたことを嬉しく思います。まだ直接、海外の方のリアクションは見ていないので、トロント日本映画祭をすごく楽しみにしていました。

 ――本作は日本家屋が舞台ですが、どこで撮影されましたか。

 

竹島:長野県松代にある重要文化財の武家屋敷をお借りして撮影をしました。 監督がロケーションハンティングに行った際、ある部屋の畳の敷き方に違和感を感じ、管理されている方に尋ねたそうです。すると、過去実際に切腹があった部屋だとお話がありました。それを聞いて監督は、ここで撮影をしようと決めたそうです。

時代劇用のセット組んだスタジオは日本に何箇所もありますが、本物のお屋敷での撮影は、全く違います。周りの環境も静かで、建物の歴史から漂ってくる空気を感じながらお芝居ができました。切腹のシーンも実際同じ畳の敷き方で、同じ角度で撮影しました。

 

――どのように役作りされましたか。

 

出合:この作品は2023年の10月から11月にかけて、順撮りで進められました。通常の撮影だと、ところてんを食べたシーンの直後に切腹という撮影の段取りもありえます。普段はそういう切り替えをしながら撮影に挑むのですが、本作では余計なことは考えず、目の前のことを都度準備し、監督が何を言うのかに集中できました。

 

竹島:監督は、それぞれの人間性や感情をじっくり表現してほしいと強くこだわっていたので、私たちもリアリティのある芝居を求められました。本物の武家屋敷で、シーン1から順番に撮影していくことで、毎日毎日その場で生きるというような日々だったと思います。

 

出合:また、現場に入るまでは、久蔵になるべく近い生活を送りました。久蔵は蟄居している身なので、好きなものも食べることができず、刃物も使えません。1ヶ月半ほど前から、大好きな米やコーヒーをカットし、ヒゲも剃らず爪も切らずに、撮影に臨みました。パンは洋食になるので避け、小麦粉を溶かして焼いて食べていました。小麦粉を水に溶かすと、薄いお好み焼きみたいになるんです。

一方で監督からは、久蔵はもう少し恰幅の良いイメージだということで、20キロ太ってほしいとオーダーがありました。前の撮影の兼ね合いで難しかったのですが、結果8キロ増やしました。

※蟄居(ちっきょ)…閉門のうえ外出を禁止し、一室にこもって謹慎させること。

 

笹田:台本を読んだとき、素敵な役をいただいたと思いました。時代劇が初めてだったので、さまざまな勉強をしました。東京江戸博物館や図書館に通って、一日中参考になりそうな当時の資料を読み漁ったり、監督や友達におすすめの時代劇を聞いて『たそがれ清兵衛』や『蜩ノ記』などの映画やドラマをたくさん観たりしました。

家で過ごすときは浴衣を着て、料理や家事をし、なるべく当時に近いような状態で過ごして準備していました。

笹田優花さん

――トロントの街の印象はいかがでしょうか。

 

竹島:日本に近いようなアットホームな雰囲気を感じます。居心地が良くて、落ち着く場所ですね。

 

出合:とても住みやすそうですよね。トロントに到着した日に、湿気がなくて気持ちが良くて感動しました。夏なので暑いですが、湿気がなくカラッとしているから、日陰行ったらちょっと肌寒いぐらいです。ここに移住してきたいと思うくらいです。

 笹田:私も気候が良くて過ごしやすそうだなと思いました。私の印象は、「広い」ですね! 道路も広くて、ナイアガラの滝も圧巻でした。そして、皆さんとても親切だなと思います。

 

――トロントの観客へメッセージをお願いします。

 

竹島:この作品は監督はじめキャスト、スタッフが心を一つにして作った作品です。 理不尽で不条理な現実にも自分の役割を全うして生き抜いた人たちの思いだったり、相手のことを大切に思う愛だったりをぜひトロントの皆さんに感じ取っていただきたいなと思います。

 

出合:撮影中にも思っていたのですが、正直、この作品は重い話だと思います。鑑賞後に、いい作品だったなと思ってもらえるように、上映後のトークセッションも頑張りますので、ぜひ一緒に楽しい時間を過ごせたらと思います。

 

笹田:本作は静かにゆっくり流れる作品で、その分一人ひとりにスポットが当たっています。この時代の人間関係や一生懸命生きている登場人物に寄り添って見ていただけたら嬉しいです。

(プロフィール)

竹島由夏【良乃】:『仮面ライダークウガ』(夏目実加役)で脚光を浴び、『コウイン~光陰~』(佐野容子役)『ウスケボーイズ』(上村邦子役)など多数の柿崎監督作品に出演。特技は日本舞踊。「本作で私が演じた良乃は、厳格な武士の家で育てられた女性です。夫が切腹を言い渡されても、自らの心のゆらぎを抑え、武士の妻としての誇りを持ち、夫を武士として送り出すということに全てを懸けます。」

 

出合正幸【古田久蔵正成】:『轟轟戦隊ボウケンジャー』(ボウケンシルバー/高丘映士役)や『獣電戦隊キョウリュウジャー』(キョウリュウグレー/鉄砕役/津古内真也役)などで活躍、アクションや殺陣を得意とする。柿崎監督作品にも多数出演。「私が演じた久蔵は、直筆旗本で血筋のある武士ですが、感情を露わにするところもある人間らしいキャラクターです。自分の持っていた武士とは異なるイメージで、役作りでは葛藤しました。」

※直筆旗本…江戸幕府における将軍直属の家臣である旗本のうち、将軍に謁見できる「御目見以上」の格式を持つ

 

笹田優花【しげ】:サニーデイ・サービス、osageのミュージックビデオをはじめ、TVドラマ、舞台、映画など幅広く活躍。『コウイン~光陰~』(窪田茜役)、『嘘だろ』(花田舞役)で柿崎監督作品に参加。「私は百姓の娘で古田家に仕える奉公人・しげを演じました。貧しい育ちでありながら、一生懸命な頑張り屋さんでかわいらしい子です。この役をいただいたとき、監督にはぴったりな役だと言っていただきました。」